「乞食」に惹かれる理由は仏教かも、というお話。

私は乞食という生き方に、なぜか強烈に惹かれます。

いろいろ調べたところ、乞食という言葉の語源は、どうやら仏教にあるらしいことを知りました。

ゴータマシッタールダが、ブッダとなるのに行じたとされるヴィパッサナー瞑想。
2018年4月に、千葉県ダンマーディッチャにて10日間のコースに参加した私は、どうやら仏教的なものに心惹かれる傾向があるらしい…それで乞食に惹かれるのかな。

一見したところ、ネガティブなイメージが強い「乞食」という活動に、わたしがなぜ崇高な感じを受けてしまうのか。

その理由を説明します。

食事は「出されたもの」をいただく。

ヴィパッサナー瞑想のコース中は、食事は朝と昼の2回だけだったんだけど。
その上、肉食できないので、玄米とか味噌、野菜とか、そんな質素なものを食べていました。

食事の費用は、前の参加者のお布施で賄われてるのですから、文句は言えません。いや、そもそも「聖なる沈黙」を守ってるので「美味しいですね」と言うことさえ出来ないのですが笑。

しかし、
「出されたものをありがたくいただく」
ということが増長するエゴを抑える効果があるんです。

食事を恵んでもらって、これ不味いです、とか言えないです、普通の人はね。

乞食は、別に食べ物に限らない。何を恵んでもらってもよいですが、一番しっくりくるのが食べ物でしょうね。

たとえば友だちにご飯を奢る。
奢った方も、目の前で友だちが美味しそうにご飯を食べてくれたら、嬉しくて豊かな気分になるでしょ?

人から愛されたり助けてもらったりするのが下手なあなたは、まず誰かにご飯をご馳走してもらうといいですよ。

人にご飯を奢ったり奢られたりが出来ない人って、なぜか金運がしょぼいような印象があります。あれは不思議。

まあ、ヴィパッサナー瞑想の時は、自分もささやかなダーナ(お布施)をさせていただいたので、完全に無料じゃなかった、というか、ペイフォワード的な感じではありましたが。他人の善意に助けられて修行が出来る、という温かい感覚を知ることが出来ました。

僧侶の生活は、「托鉢」といって、人々の家を回って、食事を恵んでもらってお経を唱える。そういうものです。

わたしはGoogleローカルガイドに登録して、自分が住んでいる地域の美味しい飲食店のレビューをいろいろ書いています。
そうやって、美味しいお店を覚えておいて、奢ったり奢られたりすると、人間関係もよくなるかもしれないですね。乞食は人間関係の潤滑油、的な。

わたしも広義の乞食であったことに気づいた

最近では、日本に拠点を移すので、バンコクのお部屋の荷物を処分したい、という友だちからいろいろなものをいただきました。

WindoweXP時代のパソコンをもらいました。
ゴルフクラブも「とりあえず預かっておいて。使ってていいよ」と言うので、練習場に行こうと思っています。

5万円くらいする美顔器具も、わたしの奥さんが使わせていただいています。

そういえば、奥さんの家族からも、いろいろなものをいただきました。

いちばん大きいのは家だろうか?(笑)

家の名義は奥さんですけど、住まわせてもらって、いちばん広い部屋を使わせていただいています。30年ローンで家を買う人もいるということを考えると、わたしはプロ乞食ということになりますね!
わたしの奥さんはタイ人です。わたしは、言葉もわからないタイにふらっと移住して、奥さんの家に転がり込んでのうのうと生きて来たのです。自分では何とも思っていませんけど、こうして文字で書いてみると、けっこうムチャクチャなことをしていますよね?コミュニケーション能力はそれなりにはありますけど、たいしたことないです。それでも乞食、出来てます。

わたしはそんな風に、天然で乞食人生を歩んでいる、ちょっと特殊な例かもしれませんけど、あなただってあなたご自身の人生を振り返ると、いろんな人の好意、施し、などをいただいて生きてきたのではないでしょうか。広い意味では、乞食をしていたんじゃないですか?

そうわたしは言いたいんです。
次はわたしの考える「乞食」のマインドセットを書きましょうかね。

「神はわたしに必要なものは、すべて無料で与えてくれる」

出典は忘れてしまいましたが、20代のころ、「運命は無料でやってくる」という言葉に出会いました。これはなかなかよい言葉です。

貧乏旅行して泊まったドミトリー。床に誰かが残していったギターが転がっていた。それを手にした青年はやがて、、、的な話でした。映画みたいでかっこよくないですか?
検索しても出てこなかった。

無料でやって来るのが運命だというのなら、
じゃあ、有料でやってくるのは運命じゃないってことになります。

たとえば異性。
金銭の授受が行われて生じた男女関係。それは商売女じゃないですか?

これ、人によってまるで考え方が違ってて面白いところです。

わたしの友だちに、西洋人のオッサンがいるんです。
オッサンは
「世の中にはフリー(ただ)ということはないんだよ」
そうよく言います。つまり、西洋人のマインドセットは「運命は有料でやって来る」です(笑)。

じゃあ反対に、わたしは、というと、
「運命は無料(フリー)でやって来る」というマインドセットを持っています。

西洋人のオッサンは家賃1万円ちょっとのしょぼいアパートに住んでいて、わたしは一戸建ての敷地70坪ほどのお屋敷です。西洋人は出会い系アプリで6000円払って商売女とセックスしていますが、わたしがもし仮に出会い系アプリを使っても、商売女から6000円払ってセックスしない?と持ち掛けられても断るでしょう。

つまりそういうことです。もうハッキリしたんじゃないですか?
あなたは、金は稼がなきゃいけないというマインドセットを持っているはずです。働かなきゃいけないと思って、実際に働いているはずです。そう社会的に洗脳されています。

でも、実際に、よく世の中を観察してみましょう。

大きいお金を作りたいなら、方法は2つしかないです。

「相続」と「投資」です。

そして、投資は才能が必要ですが、相続だったら才能は不要です。相続って親から子にしなきゃいけないものでもありません。たとえば、わたしが友だちからもらったゴルフクラブを持って練習してコースに出れるくらいになります。盛業中の会社を経営する、跡継ぎがいない初老の紳士とゴルフ仲間になります。「拓也さん、君、会社やる気ない?」という話になれば、それは相続の一種です。ド素人がいきなり商売を始めるより、既にある儲かってるお店や会社を引き継いだ方が成功確率が高いことは言うまでもありません。

こういうマインドになるのに必要なことって何かな、と考えるに、究極的なところは「神への信頼」かな?
神への信頼があると、ややスピリチュアルめいた話ですが、お布施が「引き寄せ」られてしまうのだと思います。

「神はわたしに必要なものは、すべて無料で与えてくれる」
この言葉を朝起きて10回、夜寝る前に10回唱えましょう。

時代の流れ。現代の乞食はネット乞食か?

最近ツイッターでおもろいツイートを見かけました。

タイのお寺のお布施にもQRコードが登場したというのです。
そう。僧侶が行う「托鉢」。
托鉢僧が、法衣の胸の前に鉢を抱えるかわりに、お経を唱えつつスマホをかざしてくる可能性が出てきたのです!

これには軽い衝撃を覚えました。
乞食が、歩道橋の上で座る、とか、路上を歩き回る、というのはあるいは変わらないかもしれませんが、決済手段が現金の授受から電子マネーや暗号通貨的なIT空間へと移行していくのでしょう。

わたしの精神的支柱とも言える仏教の世界にさえ、IT技術を利用した乞食道が登場したのです。

このツイートに感銘を受けたわたしはネット乞食という活動に興味が芽生えたのです。

当ブログでも、ネット乞食と外こもりについて、
鋭意執筆していくつもりですのでよろしくお願いします。

お読みいただいてありがとうございます。

そこで最後に乞食をさせていただきます笑
この文章を読んでおもしろかったと思ったあなたは、わたしに100円くらい恵んでいただけませんか?

Amazonギフト券(Eメールタイプ)でお受けします。
https://amzn.to/2NgwdBm

ツイッター @takuyasan_bkk にDM(フォロワー以外にも開放してます)で投げていただけると泣いて喜びます(感謝)

あなたが幸せでありますように。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です